浜名湖の弁天島という風光明媚な観光地の一角に私たちの水産実験所があります.最大100平方メートルまでの大小さまざまな飼育水槽設備の他,DNAシーケンサーやイメージアナライザーなど分子生物学機器類,フローサイトメーター,クリーンルームなど一通りの研究設備・施設が整っているため,海洋生物を使った実験・研究を強力に推し進めることができます.現在の主要なテーマは,海洋生物の生体防御機構で,全ゲノムの解明により研究材料として注目されているトラフグの主な材料としています.

図1 屋外の飼育水槽設備

図2 屋内の温度制御飼育水槽設備

 

多種多様な生物のさまざまな生命活動が渦巻く海洋という環境の中では,病原生物から自らを保護する生体防御が生物の生存にとって重要な意味を持っています.ヘテロボツリウムという寄生虫はフグによく寄生しますが,ヒラメには寄生しません.

逆にネオヘテロボツリウムはヒラメに寄生しますが,フグには寄生できません.防御する側とそれをかいくぐって攻撃しようとする側とのせめぎあいが繰り返されているのです.海洋生命系のダイナミクスの一面として,この防御の仕組みを探るのが私たちのチームの目的です.

図3 トラフグ免疫研究の概念図
 レクチンと呼ばれるタンパク質があります.特定の糖と結合する性質を持つため細胞表面の糖鎖と結合し,凝集させる性質を持ちます.動物から植物まで,幅広く多様なレクチンがありますが,多くの魚類の体表にもその存在が知られています.私たちはウナギの体表粘液からラクトースに特異的な2種類のレクチン,AJL-1とAJL-2を精製し,その一次構造を明らかにしました.AJL-1はアナゴ粘液にもあるガレクチンの一種でしたが,AJL-2は活性発現にカルシウムイオンを必要とするCタイプレクチンの構造を持ちながらカルシウムがなくても活性を持つユニークな分子です.ウナギがカルシウムの少ない淡水中でも生存していることと関係があるものと推定しています.
図4 レクチンによる赤血球凝集活性は特異的な糖の添加で抑制される.この場合は,マンノース特異的なフグレクチン(後述)

図5 ウナギレクチンの模式図.ラクトースに特異的な2種類の性質の異なるレクチンが存在している 

AJL-2は大腸菌を凝集しますが,AJL-1は凝集しません.しかし,両者とも大腸菌の増殖を抑制する作用を持っています.こうして魚類粘液レクチンの機能の一端が初めて明らかになりました.
 
 図6 AJL-2による大腸菌の凝集(右).左は対照
 粘液レクチンの研究はトラフグでも精力的に進めています.私たちが取り組んだトラフグ体表粘液レクチンはマンノース特異的で,魚類粘液レクチンとしては初めての発見です.その上決定した一次構造を比較したところ,なんとマツユキソウ,スイセン,ニンニクなどユリ目植物のレクチンと高い相同性を示すことが分かりました.フグは全ゲノムの解析が進んでいるため実験材料として極めて有用です.このレクチンもゲノム情報と合致しているため,共生菌等に由来するのではないかという疑念は排除されます.フグの粘液は大腸菌を凝集しますが,このレクチンはウナギレクチンとは異なり,凝集しません.他にもまだレクチンがあるのではないかと考えています.

図7 フグの生体防御研究は私達にお任せ下さい

私たちはこうした生体防御機構の個体発生にも興味を持っています.免疫系に関わるさまざまな因子が,仔稚魚でどのように発達していくのか,卵,仔稚魚の発達過程など,基礎的な知見の集積に当たっています.

図8 トラフグ卵の飼育

図9 受精後6日のトラフグ胚.卵膜を切除して観察

21 May, 2002