海洋生態系の生物多様性の創出機構を明らかにするためには、多様性を生み出す種分化の機構、生み出された多様性の維持の機構、そして何より、現実の生物の多様性を把握することの3つの研究課題それぞれが有機的に連携していなければなりません。京都大学瀬戸臨海実験所では、それぞれの研究課題の一例として、次のような研究を進めています。まず多様性を把握するために、研究が極めて遅れている目合い1mmの篩では捉えることができないような小型の無脊椎動物の一例として、動吻動物をとりあげ、実験所近傍田辺湾に生息するものについて調査しました。この動物は世界で144種が知られていますが、わが国ではいままで1種しかしられていません。しかし、今回の調査で7種を発見し、さらにその内の3種は未記載種であったので、新種として記載しました。この結果は、今後詳細な研究を進めれば、まだ数えきれないほど多数の未記載種が日本の周辺海域に生息していることを示唆しています。さて、おそらく地球上でもっとも種多様性が高いのは線形動物(線虫類)で、その総数は1億種を超えるという推定すらありますが、なぜこのように高い多様性を持つのか?そのメカニズムはほとんど研究されたことがありません。このメカニズムを探るため、田辺湾の1マイルほど地理的に隔離された二つの個体群をいろいろな方法で比較したところ、両者には遺伝的交流のあることがわかりました。体長わずか1mmの動物が、2km近く離れた場所までどのようにして移動するのか?が今後の研究課題です。

研究の行われた瀬戸臨海実験所の全景。左側が鉛山湾、右側が田辺湾。

線形動物、Meyersia japonicaの頭部の顕微鏡写真。発達した顎が特徴。田辺湾内に地理的に隔離された2個体群があるが、両者の間に遺伝的隔離はないことが明らかになった。

田辺湾から採集した動吻動物の新種、 Condyloderes setoensis 腹面の走査電子顕微鏡写真。本種はCondyloderes 属として世界で3番目の種で、太平洋産の初記録。

 

Condyloderes setoensis を体の前端からみた走査電子顕微鏡写真。

 

鉛山湾側のタイドプールに生育する石灰藻から分離した、動吻動物の新種、Echinoderes sensibilis 腹面の走査電子顕微鏡写真。本属は動吻動物としてはもっとも普遍的なものだが、我が国からの信頼できる初の記録である。

Echinoderes sensibilis を体の前端からみた走査電子顕微鏡写真。種名の由来となった感覚器官が第3体節に多数分布するのが観察できる。
 
20 May,2002