「脊椎動物の系統進化」チームでは、魚類を中心とした海洋生物の進化史を、分子系統学的手法を用いて研究しています。魚類については、ミトコンドリアゲノム(ミトゲノム)の全塩基配列の分析に基づいて「魚類全体」の系統構造を明らかにすることを目標の一つとしており、現在までに500種を超える魚種についての解析を終え、その成果は順次論文として発表しています。解析種の網羅的な選択とデータ量の圧倒的な多さから、本研究は「世界最大規模の包括的系統解析」として注目されています。今回は、本年度の成果の中から、「条鰭類」の系統に関する2つのトピックと、本プロジェクトのロゴマークにもなっている深海魚「フクロウナギ」のミトゲノムで発見された特異な遺伝子配置の変動について紹介します。

 図1. 脊椎動物の2大グループ

脊椎動物のうち硬い背骨を持つ仲間は、「条鰭類」と「肉鰭類」の2つの系統から構成されています。肉鰭類にはシーラカンス・肺魚の他に哺乳類などの四肢類が含まれ、陸上で大変繁栄していますが、一方の条鰭類は水の中で肉鰭類 (四肢類を含む) に匹敵する多くの種に分化しています。肉鰭類を陸の王者とすれば、条鰭類は水の王者といえます。

 図2.条鰭類の大系統と包括的系統解析の成果

本研究によりこれまでの分類学的枠組みが見直されたグループが、赤字で示されています。右端のバーとアルファベットは、本年度に出版されたそれぞれの研究成果が扱う範囲を示しています(a, Inoue et al., 2003a; b, Saitoh et al., 2003; c, Ishiguro et al., 2003;d, Miya et al., 2003)。今回はこのうち、aの古代魚とcの原棘鰭類の系統に関する研究成果について、その概要を紹介します。

 図3.「古代魚」の系統関係を解明した成果(Fig. 2のa)

古代魚と呼ばれる魚類の仲間には、ポリプテルス類、チョウザメ類、ガー類、アミア類の4つのグループがいます。これらの間およびこれらと真骨魚類との系統関係は、これまで様々な説が提唱され一致が見られませんでしたが、ミトゲノムに基づく系統解析の結果、チョウザメ、ガー、アミア類は単系統群を形成し新骨類と姉妹群関係にあること、さらに、これら4つのグループからなる大きなグループは、ポリプテルスと姉妹群関係にあることが明らかとなりました。このような系統関係は、これまでの形態形質に基づく研究からは予想もされなかったものですが、近年の核遺伝子マーカーに基づく結果 (Venkatesh et al., 2001) と一致しています。

 図4.「原棘鰭類」の系統関係を解明した成果(Fig. 2のc)

原棘鰭類とは、キュウリウオ類、ニギス類、サケ類、カワカマス類、セキトリイワシ類の5つの系統を含むグループです。これらの間およびこれらと新真骨魚類との系統関係は、一致した見解が得られていませんでしたが、ミトゲノムに基づく解析の結果、これまで提唱されたいずれの仮説とも異なる系統関係が明らかとなりました。新真骨類に最も近縁なのはキュウリウオ類かこれにニギス類を加えたグループであり、また、これらからなる大グループは、サケ類とカワカマス類からなるグループと姉妹群を形成するという結果となりました。また、セキトリイワシ類は原棘鰭類ではないニシン類+骨鰾類と近縁であるという予想外の結果も得られました。中でもとくに興味深い成果は、サケ類に最も類縁性の高いのは、淡水性であるカワカマス類であるということが明らかになったことです。この結果は、大回遊と母川回帰という著しい特徴を有するサケ類の起源を考える上でも注目されるもので、レビュー誌 Trends in Ecology and Evolution にも詳しく紹介されました (Ramsden et al., 2003)。

図5.フクロウナギ類2種のミトゲノムで観察された大規模な遺伝子配置変動ルス幼生

脊椎動物のミトゲノムでは、遺伝子の相対的な位置関係は高度に保存的であることが知られています。一方、この標準的な遺伝子配置パターンから外れた「配置変動」は、これまで陸上の四肢類を含む様々な脊椎動物で報告されていますが、どれもゲノムの一部分に変動が見られるだけの小規模なものでした。我々の研究グループでは魚類全体の系統構造を明らかにするために様々な魚種のミトゲノムを網羅的に調べてきましたが、その結果、フクロウナギ類ではゲノムの全域にわたる大規模な遺伝子配置変動があることが発見されました (Inoue et al., 2003b)。

 (参考文献)

Inoue, J. G., M. Miya, K. Tsukamoto, and M. Nishida. 2003a. Basal actinopterygian relationships: A mitogenomic perspective on the phylogeny of the “ancient fish.” Mol. Phylogenet. Evolution, 26 (1):110-120.

Inoue, J. G., M. Miya, K. Tsukamoto, and M. Nishida. 2003b. Evolution of the deep-sea gulper eel mitochondrial genomes: Large-scale gene rearrangements originated within the eels. Mol. Biol. Evol., 20 (11): 1911-1917.

Ishiguro, N., M. Miya, and M. Nishida. 2003. Basal euteleostean relationships: A mitogenomic perspective on the phylogenetic reality of the “Protacanthopterygii.” Mol. Phylogenet. Evol., 27 (3): 476-488.

Miya, M., H. Takeshima, H. Endo, N. B. Ishiguro, J. G. Inoue, T. Mukai, T. P. Satoh, M. Yamaguchi, A. Kawaguchi, K. Mabuchi, S. M. Shirai, and M. Nishida. 2003. Major patterns of higher teleostean phylogenies: A new perspective based on 100 complete mitochondrial DNA sequences. Mol. Phylogenet. Evol., 26 (1): 121-138.

Ramsden, S. D., H. Brinkmann, C. W. Hawryshyn, and J. S. Taylor. 2003. Mitogenomics and the sister of Salmonidae. Trends Ecol. Evol., 18 (12): 607?610.

Saitoh, K., M. Miya, J. G. Inoue, N. B. Ishiguro, and M. Nishida. 2003. Mitochondrial genomics of ostariophysan fish: Perspectives on phylogeny and biogeography. J. Mol. Evol., 56 (4): 464-472.

Venkatesh, B., M. V. Erdmann, and S. Brenner. 2001. Molecular synapomorphies resolve evolutionary relationships of extant jawed vertebrates. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98 (20): 11382?11387.