魚類の初期生活史において、特に死亡の起こりやすいされている時期が2度存在するとされている。即ち、母親から与えられた卵黄を吸収し尽くし摂餌を開始する時期と、プランクトン幼生から大人の魚の形へと形態変化をおこなう変態期である。これらの時期を経る過程でほとんどの魚が死亡してしまうため、生き残ったごくわずかの稚魚のみがその後の資源のもととなり、年級群豊度を決定することとなる。当研究室ではスズキやヒラメなど沿岸性魚類の変態前後の時期に焦点を絞り、フィ−ルド調査を主体とした生態学的研究と、飼育魚を用いた生理学的研究を組み合わせることで、資源変動機構の一端の解明を試みている。

図1

 スズキは日本各地に生息する沿岸性海産魚類である。多くの地域では、卵から仔稚魚までを海ですごし、体長20cm程度の幼魚になると河口域や河川淡水域まで分布を広げる。一方、九州の有明海には、体長2cm足らずのごく小さいうちから集団で川に遡上する個体群の存在が知られている。

図2

 有明海は潮の干満の差が大きく、広い干潟の形成されることがよく知られている。流入河川である筑後川には広大な汽水域が存在するが、日本の他の大河川とは異なり強混合が起こっている。このような特異な環境が、閉鎖的内湾という他から独立した形で存在しているため、エツなどの固有種をふくむ大陸遺存種も数多く知られている。

 日本のスズキ(右上)の体側には斑紋がない。一方、中国に住むタイリクスズキ(右中)には黒斑がある。有明海に住むスズキ(右下)はこれら2種の中間の外観を有しており、薄い斑紋を持つ個体から斑紋を全く持たない個体まで様々である。

図3

 核のDNA配列には、日本のスズキに特有の配列やタイリクスズキに特有の配列が数多く存在する。有明海のスズキについて、各個体ごとにこれらの配列を有するかどうかを得点化してヒストグラムで示すと、丁度2種の中間の得点を持つ個体が多く見られた。このことは有明海のスズキ個体群が、日本の他の海域に生息するスズキとタイリクスズキの雑種個体群であることを強く示唆する。

 タイリクスズキに特有な遺伝子配列が、有明海のスズキ個体群の中で消滅せずに存続してきたことには、有明海が極めて閉鎖的な海域であるため日本のスズキとの交雑が制限されてきたことが大きな役割を果たしてきたと考えられる。また、有明海と筑後川のもたらす、中国大陸の大河川に似た広い汽水域と強混合のおこる環境も関与してきたと考えられる。

図4

 初期生活史のなかで重要なエサについても、中国大陸と似た環境が関与している。前述のように有明海のスズキは3月頃、体長2cm足らずのうちから河川に遡上するが、このときには汽水性域に豊富に存在するSinocalanus sinensisという大型コペポ−ダを専食する。他の海域の汽水域では3月ごろに多くのエサがない。このコペポ−ダも大陸遺存種とされているが、有明海に見られるスズキの早期河川遡上を支える一要因と推測できる。

図5

 河川に遡上するためには海水域から淡水域に進入しなければならない。そこで淡水適応能力の発達を調べてみると、孵化後40日頃になると1ppt程度の汽水にならば直接移行されてもかなりの時間生きられることがわかった。完全な淡水でも孵化後40日頃になると、徐々に塩分を下げた場合には80%以上の個体が24時間以上生存できる。筑後川のもたらす緩やかな塩分勾配もスズキ仔稚魚の早期河川進入を助けている要因の一つと考えられる。

 

 

12 August, 2002