東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

第5章 研究系と研究センターの活動

5-1 気候システム研究系

5-1-2 気候変動現象研究部門

観測データ,数値シミュレーション,およびそれらの比較・解析・融合を通した気候変動機構の解明を目的とする.気候変動研究分野,気候データ総合解析研究分野,気候水循環研究分野よりなる.

(1)気候変動研究分野

本分野は1991年設置の気候解析分野を前身とし,2001年の気候システム研究センター第2期発足に伴い,気候データ総合解析研究分野とともに気候変動現象研究部門を構成することとなった.気候システム研究センター第1期の気候解析分野の活動については,気候データ総合解析研究分野の項に記述する.2010年の海洋研究所との統合においては,気候変動現象研究部門・気候変動研究分野の名称を引き継いだ.

気候変動研究分野は,2001年4月に木本昌秀助教授,阿部彩子助手で始動した.2001年10月には木本が教授に昇任した.阿部は2004年9月気候モデリング研究部門・気候システムモデリング分野の准教授に異動した.2005年4月には佐藤正樹が准教授に着任した.佐藤は2011年10月本所地球表層圏変動研究センター教授に異動した.この間,2005年10月から2007年8月まで稲津將が,2007年12月から2009年3月まで佐藤友徳が,また2009年10月から2012年3月までは三浦裕亮がそれぞれ特任助教を務めた.

2001年から本分野は,大気海洋結合気候モデル,次世代大気大循環モデルの開発を推進し,またそれらを用いた地球温暖化予測や気候変動メカニズムの研究を精力的に行ってきた.

木本研究室は,気候データ総合解析分野の住明正教授ら気候システム研究センター内,および国立環境研究所,海洋開発研究機構の研究者と協力して,地球シミュレータを用いた地球温暖化予測研究を主導した.2002年から2007年度にかけては,文部科学省の人・自然・地球共生プロジェクトのもとで,当時世界最高解像度の大気海洋結合気候モデルによって地球温暖化予測を行い,2007年刊行の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書に引用され,また国内でも温暖化適応政策の加速を促した.2007年から2011年度にかけては,同じく文部科学省の21世紀気候変動予測革新プログラムのもとで,観測データによる初期値化を取り入れた新しい予測方法による十年規模気候変動予測を成功させた.このほかにも数値モデル実験や観測データを用いた気候変動研究を行い,同時に実験的季節予測システムの開発,大気大循環モデルと領域大気モデルの双方向結合,確率台風モデルの開発(東京海上研究所との共同研究),次世代大気力学コアの開発等も行ってきた.また,講演会,取材等を通じて,社会での気候変動問題への理解の向上を心掛けてきた.

佐藤研究室は海洋研究開発機構と共同開発してきた世界初の全球非静力学モデルNICAMを発展させ,また,それを駆使した研究を展開してきた.2005年には地球シミュレータを用いて,NICAMによる全球3.5km間隔メッシュの水惑星実験を実施し,熱帯積雲対流の階層構造を現実的に再現した.2005年から2011年度にかけてJST/CRESTの研究領域「マルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション」のもとで,課題名「全球雲解像大気モデルの熱帯気象予測への実利用化に関する研究」を実施し,NICAMを用いたマッデン・ジュリアン振動の再現実験等を成功させた.2007年から文部科学省の21世紀気候変動予測革新プログラムのもとで「全球雲解像モデルによる雲降水システムの気候予測精度向上」に取り組み,NICAMを用いた地球温暖化時の台風の変化や雲変化研究などに成果をあげた.2011年より高性能汎用計算機高度利用事業「次世代スーパーコンピュータ戦略プログラム」分野3防災・減災に資する地球変動予測において,NICAMを用いた研究を進めている.2007年からJAXAより人工衛星EarhCARE(2015年に打ち上げ予定)に関する委託研究を継続して受託しており,数値モデルの検証手法である衛星シミュレータJoint Simulator for Satellite Sensorsの開発を進めている.この他,2010年より日中共同プロジェクトとして,JST-MOST戦略的国際科学技術協力推進事業「三峡ダム貯水過程における領域気候効果に関する日中研究交流」に従事するとともに,企業連携として三菱総合研究所とダウンスケーリングに関する研究を進めている.

2001年4月以降,本分野には研究員として,小倉知夫,安富奈津子,佐藤尚毅,荒井(野中)美紀,Liaqat Ali,稲津將,Xianyan Chen,楊鵬,柳瀬亘,宮坂貴文,佐藤友徳,岩尾航希,近本善光,安中さやか,大石龍太,Meiyun Lin,森正人,末吉哲雄,清木達也,Rosbintarti Kartika Lestari,今田(金丸)由紀子,端野典平,久保川陽呂鎮が在籍した.

2001年4月以降の博士の学位取得者は安富奈津子,三浦裕亮,車恩貞,今田由紀子であり,修士の学位取得者は金丸由紀子,千葉史哉,中村卓也,網野尚子,高橋真耶,宮坂隆之,高橋文朋,妹尾卓,千葉明子,仙石健介,前田崇文,高橋良彰,松田優也,大野知紀,荒金匠,二本松良輔である.

2011年度の在籍者はD3:[理]荒金匠,ウソップ・ロ(韓国),仙石健介,D2:[理]大野知紀,D1:[理]山田洋平,M2:[理]北尾雄志,高橋良彰,二本松良輔,前田崇文,M1:[理]永嶋健,西川雄輝,特任教員:三浦裕亮,特任研究員:荒井(野中)美紀,大石龍太,久保川陽呂鎮,近本喜光,端野典平,森正人である.

(2)気候データ総合解析研究分野

本分野は1991年設置の気候解析分野を前身とし,2001年の気候システム研究センター第2世代発足に伴い,気候変動現象研究部門・気候データ総合解析研究分野と名称を改めた.2010年の海洋研究所との統合においては,気候変動現象研究部門・気候データ総合解析研究分野の名称を引き継いだ.1991年4月の発足は,新田勍教授により率いられ,1994年4月には木本昌秀助教授が着任した.1997年12月に新田教授が逝去し,木本が引き継いだ.2001年4月からは,住明正教授が気候システム研究センター長を務めながら当分野を率いた.2000年7月に大気モデリング分野の助教授として着任した高薮縁が,2001年4月の改組とともに気候データ総合解析分野に異動し,木本は2001年10月に気候変動研究分野へ教授として異動した.住は2006年11月にサステイナビリティ学連携研究機構に異動した.その後,2007年4月に高薮が教授に昇任し,12月に渡部雅浩准教授が北海道大学から転任して今日に至る.この間2010年2月から2012年3月まで横井覚が特任助教を務めた.

本分野は発足当初から,地球規模の地上,高層,衛星,海洋観測データを利用して,気候系の様々な時間スケールの変動の実態を明らかにするとともに,気候モデルとの比較・検証を目的としてきた.また一方で,他機関と共同で気候モデルを開発するとともに気候モデル実験による気候形成メカニズムの理解を目的としてきた.

新田研究室では,熱帯気象学・気候変動の研究に取り組んだ.気候変動の重要な要素として近年世界中で研究されている地球規模の数十年規模変動現象の解明に早くから成果をあげた.また,数日から数十日の熱帯対流システムの解析,および日本を含む東アジアから熱帯域の大規模気候パターンの解析に成果をあげた.新田教授はまた,1997年11月に打ち上げられた熱帯降雨観測計画(TRMM)衛星の日米共同プロジェクトに日本の科学者代表として大きく貢献した.

木本研究室では,北極振動などの全球規模の気候パターンや異常気象のメカニズム解明に成果をあげた.また,その後IPCCの第4次報告書に大きく貢献することになる気候モデルの開発研究の基礎がこの期間に開始され,エルニーニョや十年規模気候変動,地球温暖化のシミュレーションが行われた.

住研究室では,2002年に供用開始された「地球シミュレータ」の成果を上げるべく始められた「共生プロジェクト」のリーダーとして,高分解能気候モデル開発プロジェクトの開発研究を行った.また,並行して氷床モデリングや古気候に関する研究を行った.

高薮研究室は新田研究室の流れを汲み,熱帯気象と全球気候についてのデータ解析研究と衛星観測の推進を行ってきた.特に,TRMM衛星データを用いた積雲対流による大気加熱量の3次元推定データセットの作成や熱帯降雨特性の解析,赤道域の大規模対流システムの仕組み,および積乱雲からエルニーニョまでのマルチスケール相互作用に関して研究を行った.一方,気候モデル比較研究プロジェクトのとりまとめとともに,熱帯降雨分布や台風の気候モデル再現性の要因解析および将来予測研究に成果をあげた.

渡部研究室は木本研究室の流れを汲み,気候モデルから線形大気モデルまでの階層的なモデリングを活用した気候変動のメカニズム研究を推進している.また,気候モデルMIROCの最新版開発を指揮し,第5期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP5)に提出するさまざまな気候実験の取りまとめを行った.

この間,特任研究員として以下の者が研究に参加した.木本研:Renhe Zhang,Ilya Rivin,森正人,渡部研:釜江陽一,岡島秀樹,山崎邦子,高薮研:横井覚,廣田渚郎,宮川知己,横山千恵,濱田篤.

1992年4月以降の博士の学位取得者は,高薮縁(論文博士),渡部雅浩,菊地一佳,清木亜矢子,宮川知己,横山千恵,原田千夏子であり,修士の学位取得者は,可知美佐子,久保田尚之,和田浩治,赤井靖雄,中村恵子,渡部雅浩,松山志保,輪木博,堤大地,安富奈津子,橋本智帆,伊藤智之,三浦裕亮,大蔵革,大森志郎,清水亜矢子,鹿島崇宏,守屋俊海,関根永渚至,横山千恵,新見陽大,濱田太郎,片山勝之,森田純太郎,横森淳一,彦坂健太,樋口博隆,村山裕紀,大泉二郎,信井礼である.

2011年度の在籍者はM1:岩見明博,M2:古川達也,特任研究員:廣田渚郎,宮川知己,濱田篤,特任助教:横井覚である.

(3)気候水循環研究分野

気候変動による影響が最も如実に現れるもののひとつが地球水循環であり,水循環の変化は人間社会に重大な影響を及ぼす.このような観点により,地球水循環と気候システムとの関係性解明に焦点を定めた研究分野が,大気海洋研究所の発足に少し先立つ2010年3月に気候システム研究センター気候変動現象研究部門に新設された.2012年4月現在,芳村圭准教授,リウ・ゾンファン日本学術振興会外国人特別研究員,工学系研究科社会基盤学専攻の博士課程学生4名(新田友子・佐藤雄亮・岡崎淳史・Mehwish Ramzan)の全6名によって構成される,比較的小さな分野である(芳村は新領域創成科学研究科環境学研究系自然環境学専攻も兼担している).また生産技術研究所の沖大幹研究室と合同ゼミやフィールドワークを行うなどの密接な相互協力体制を敷いている.当分野で重点的に進めている研究は以下のとおり.

  • 水の安定同位体比を用いた地球水循環過程解明
  • 同位体全球大循環モデル・同位体領域モデルの開発
  • 人間活動を含む陸域水循環過程のモデリング研究
  • 同位体比と気候シグナルとの関係の定量的解明
  • 力学的ダウンスケーリングに関する研究
  • データ同化に関する研究

特に,一番上の水の安定同位体比を用いた地球水循環過程解明についてもう少し詳しく紹介する.水の中の水素安定同位体比(D/H)或いは酸素安定同位体比(18O/16Oまたは17O/16O)は,地球上において時間的・空間的な大きな偏りを持って分布しているため,それらを観察することによって水を区別することが可能となる.また水の安定同位体比は水が相変化する際に特徴的に変化するため,相変化を伴って輸送される地球表面及び大気中での水の循環を逆推定する有力な材料となる.当分野では,この水同位体の特徴を大循環モデルや領域気候モデルに組み込むことによって,複雑な地球水循環過程における水の動きを詳細に追跡している.一方で,生産技術研究所に設置された質量分析計やレーザー分光分析計を用いたアジアモンスーン地域を中心とした様々な場所での雨や地表水,水蒸気等の安定同位体比測定や,JAXAやNASA,ESAの人工衛星に搭載した赤外線分光分析計を用いた広範囲での水蒸気安定同位体比観測などを行っている.

1992年4月以降,修士の学位を取得したのは,小島啓太郎,岡崎淳史の各氏である.

2011年度の在籍者はD3:[工]新田友子,D1:[工]佐藤雄亮,M2:[工]岡崎淳史,日本学術振興会外国人特別研究員:リウ・ゾンファン(中国)である.