東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

第3章 大気海洋研究所の設立への歩み

3-1 大気海洋研究所の設立

3-1-2 設立準備の開始

上記のような背景のもと,海洋研究所および気候システム研究センターが直面している問題の解決には,それぞれの組織のダイナミックな展開が必要だと考えていた西田睦所長および中島映至センター長は,2007年5月ごろより相互に意見交換をする中で,互いの問題意識に共通点が多々あることを知った.意見交換を重ねる中で,両組織の研究は相補的であることが改めて明瞭になった.海洋研究所は海洋観測や実験に強いがモデリングには重心を置いてきていないのに対し,気候システム研究センターは大規模モデリングに強いが野外観測や実験には力を入れてきていない.海洋研究所においては,全球レベルに研究を展開するうえで大規模モデリングの導入は極めて有効であると考えられる.一方,気候システム研究センターにおいては,モデル研究をより優れたものにするために観測データによる検証やデータ同化等がたいへん重要だと考えられる.したがって,両組織の緊密な連携の先に有望な新展開があるのではないかという展望をともに持つことができた.

両名がこの展望をそれぞれの組織に持ち帰ってそれぞれの執行部のメンバーに諮ったところ,いくつかの不安材料はあるものの,大きな可能性が感じられるとの意見が強かった.そこで,2007年9月に両組織の執行部メンバーが会合を持ち,両組織の連携について,意見交換を継続的に進めていくこととした.こうして,「海洋研究所・気候システム研究センターの連携に関する懇談会」が,両組織の所在地の中間的な位置にある本郷キャンパス(山上会館)で,2007年10月から定期的に開催されることとなった.この懇談会は両組織の執行部メンバーを含めて十名余の委員から構成されたが,両組織の教授会メンバーに公開で開催され,以後,2008年11月まで1年余にわたってほぼ毎月,両組織での議論の進行を基礎に,組織連携に関する活発な議論が継続された.その結果,連携のメリットと問題点が洗い出され,メリットを最大限生かす新組織の在り方の検討が進んだ.懇談会の開催数は合計12回に及んだ.

海洋研究所では,気候システム研究センターとの連携という新しい可能性について,所内での議論を加速した.2007年12月3日には臨時の教授会懇談会を開催して特別にこの件を議論した.メリットは大きそうだが,統合すると海洋色が薄まる心配がないだろうかというのが,主な意見であった.12月19日の定例教授会でも議論を継続し,さらに年が明けた2008年1月の教授会でより突っ込んで議論を行った.ここでの意見の大勢は,気候システム研究センターとの連携は海洋研究所の新展開にとってたいへん有望であり,規模効果も期待できるので,統合をも視野に入れた同センターとの話し合いを継続しようというものであった.ただし,新研究所へ向けて動く場合にその研究所の名称をどうするかという問題には難しいものがあった.海洋研究所が本気で大きな展開を図ろうとしていることをアピールするにはむしろ新たな名称にするべきであるという積極論も含め,名称を変更してもよいのではないかという意見が過半数であった.しかし,長く使われてきた海洋研究所という名称は,研究の内容に適合した簡明な良い名称であり,安易に変えるべきでなかろうとの意見も少なからずあった.この意見は皆がよく理解できるものであったが,同センターとの連携によって新展開を図ろうという趣旨からすると名称変更をしないのは必ずしもふさわしくなく,気候研究コミュニティにとっても認められるものではないということは明白で,2つの気持ちの間のギャップは,なかなか苦しいものがあった.

教授会や連携懇談会での議論が進展し,新研究所を立ち上げる可能性が出てきたことを受け,それを視野に入れて将来構想を具体的に検討すべく,海洋研究所将来構想委員会(新野宏委員長)は議論のピッチを上げた.さらに2008年5月から6月にかけて,将来構想委員会のもとに3つのワーキンググループ(以下,WG)を立ち上げた.すなわち,技術職員WG(小島茂明WG長),短期構想WG(渡邊良朗WG長),教育関連WG(川幡穂高WG長)である.技術職員WGは,長年にわたって懸案となっていた技術職員の組織化を新研究所の中でどのように実現していけばよいのかを詳細に検討した.その努力は共同利用共同研究推進センター設置へと結実した[➡3―2―5].短期構想WGは,海洋研究所の組織を,2年先の柏移転と同時に立ちあがる可能性のある新研究所の組織の中にどのように再編していくかという課題について,綿密な検討を進めた.このWGの活動によって,後の大気海洋研究所の組織体制の基本構想ができあがった.このWGによって考案された新研究所の組織案は,海洋研究所将来構想委員会,所長補佐会,海洋研究所教授会,連携懇談会,そして気候システム研究センター教員会議などで何度も検討されて改善が進み,改訂は小さなものも数えれば10回を超えるものとなった.教育関連WGは,研究所ではともするとおろそかになる大学院教育など教育活動を見直し,これを戦略的に行う体制やルールの案の検討を進めた.その検討結果は,大気海洋研究所で幅広い系統的な教育活動を進める礎石となった[➡4―2].

一方,気候システム研究センターでは,この間,住明正兼務教授・前センター長を含めた全教員が海洋研究所との連携案について様々に議論を行った.その大筋は以下のようなものであった.本センターではMIROCなどの優れた気候モデルを開発し気候研究に大きな貢献をしてきた.社会的要請がますます強まる中で,国家的プロジェクトやIPCCへの対応を行いながら,モデルの高度化を進め,地球温暖化研究にもさらに重要な貢献をすることを期待されている.しかし,現在の組織規模では,こうした期待に十分に応えることはたいへん難しい.しかも,国立大学の法人化後は,大学内部での努力なしには道が拓けない状況になっている.したがって,今回検討されている海洋研究所との連携は新しい道を切り拓いていくためのよい方途と考えられる.このような議論を経て,海洋研究所内に埋没してしまうようなことはぜひ避けるべきであるが,中途半端な連携ではなく,しっかりと一体化して大きな組織として活動していくようにすべきである,という認識が明確になっていった.

組織の連携について適切に考えるためには,両組織のメンバーが互いの研究について理解を深めることが不可欠である.このことに鑑み,研究交流の場も設定された.まず,2008年1月に第1回の「海洋研究所・気候システム研究センター連携研究会」が,両組織の多くの教員の参加によって開催された.2008年12月には2回目の連携研究会が持たれた.統合を決めた後の2009年11月には合同セミナーを開催し,より踏み込んだ共同研究の方向の検討を行った.

こうした検討の進行状況について,所長とセンター長は2008年5月に平尾公彦理事・副学長(研究担当)を通じて総長に報告した.総長はこれを受け,海洋研究所と気候システム研究センターの連携について高い次元からの意見を聴取し,問題を多角的に検討するために,有識者と両組織の長で構成される総長諮問委員会(平尾公彦委員長)を設置した.委員は,小池勲夫元所長,住明正元センター長,学内他部局の教員数名,西田睦所長,中島映至センター長であった.諮問委員会は6月および7月に計3回の会合を開いて検討を進めた.検討の結果,両組織の研究は相補的であるため,統合によって大きな相乗効果を生む可能性が高いと結論され.その旨をまとめた答申が8月に小宮山宏総長に提出された.総長は,この諮問委員会の答申を受け,同月,海洋研究所と気候システム研究センターとの連携・統合を歓迎し支援する旨の文書を,海洋研究所所長および気候システム研究センター長に発出した.

この総長文書を受け,海洋研究所では2008年9月3日に臨時教授会を開催し,気候システム研究センターとの統合を含めた将来構想計画を実現に向けるという基本路線を確認した.気候システム研究センターでは,統合の実現性が高まる中で,改めて慎重論の検討もあったが,10月28日に同センター運営委員会にて新研究所設立に向けて努力することを議決した.こうして,1年余にわたって熱心に進められてきた両組織の連携・統合に関する議論は,積極的な形で方向性が固まることとなった.