東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

第1章 気候システム研究センターの設立と発展

1-1 気候システム研究センターの設立(1991年)

わが国における気候研究組織の設立に向けた動きは,1965年に学術会議から政府に勧告された大気物理学研究所計画までさかのぼる.その中心的機能の一つとして,当時,米国で芽を出し大きな発展を期待されていたコンピュータを用いた大気大循環モデルによる気候研究を行うセンターの役割が含まれていた.この構想自体は現在まで実現されていないが,コンピュータモデルの開発を目指した組織構想はその後,受け継がれていった.

1989年3月には文部省学術審議会から「アジア太平洋地域を中心とした地球環境変動の研究」が建議された.この時期になると,地球環境問題が国際的に大きな問題として認識されるようになっており,その問題解決の基礎となる地球科学の推進方策が必要とされたのである.その中で,気象学,海洋物理学,陸水雪氷学にまたがる最重要課題として,気候変動メカニズムの解明と人間活動による気候変化の研究が取り上げられ,そのための研究の場の整備がうたわれた.一方,同年7月に出された学術審議会の建議において,基礎研究の充実や国際共同研究に貢献する新しい方策として,いわゆる新プログラムが提案された.その最初の適用課題のひとつとして地球環境研究が選ばれ,その一環として気候システム研究センターの設立が計画されるに至った.実際にこれを具体化するには本学内部の努力も必要であったが,当時の有馬朗人総長をはじめとして,理学部,同地球物理学科による大きな支援があり,1991年4月に10年時限の気候システム研究センターが発足した.その目的は,新しい気候モデルの開発,気候形成メカニズムの理解,地球温暖化現象の理解に役立つ研究,全国研究者のモデル利用促進,そして教育である.

当初は松野太郎センター長(気候モデリング分野教授)と渡森一,梶正治,村岡俊の事務官3名で設立準備が始まったが,7月までに住明正(大気モデリング分野教授),杉ノ原伸夫(海洋モデリング分野教授),中島映至(気候モデリング分野助教授),高橋正明(大気モデリング分野助教授)が赴任し,教授・助教授5名,および外国人客員部門2名の体制になった.10月には伊藤忠グループの寄付研究部門(グローバル気候変動学)が設置され,その後の本センターの大筋が作られた.建物も,駒場第二地区の建物を改修した第1期工事(631m²)が行われ,1992年2月に仮住まいの理学部7号館から移転が行われた.気候モデルの開発を目的としたわが国の大学部局としては唯一の全国共同利用施設が本格稼働したのである.1991年10月に山中康裕,1992年1月に中島健介が助手として,その後,1992年4月から新田勍(1997年2月逝去)が教授として,1994年4月には木本昌秀が助教授として加わった.1995年3月の阿部彩子助手,同年6月の中島健介助手の異動に伴って同年10月に古恵亮が助手,1997年4月には沼口敦が助教授として加わった.

立ち上がりにおける研究の方向性の決定に大きな影響を与えたのは,1992年3月に静岡県下田で開かれた「気候モデルの現状と将来に関する下田ワークショップ」であった.米国国立大気科学研究センター(NCAR)でコミュニティ気候モデルの開発責任者のD. Williamson博士,プリンストン大学の地球流体研究所(GFDL)で地球温暖化研究のパイオニアのS. Manabe博士,カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の数値モデリングの権威のA. Arakawa教授,ラモント地質研究所のS. Zebiak博士,フランスの気象力学研究所(LMD)所長のR. Sadourney博士,欧州中期予報センター(ECMWF)のT. Palmer博士,ドイツハンブルグのMax Plank研究所のU. Cubasch博士,中国大気物理研究所所長のZeng教授,韓国Yonsei大学のKim教授,ソウル国立大学のI. S. Kang教授が海外から参加し,国内からは北海道大学,名古屋大学,京都大学,九州大学,気象研究所,国立環境研究所,気象庁などから30数名が参加した.

1993年5月には建物の第2期改修工事(302m²)が完成した.1999年3月には第1回外部評価が行われ,本センターの活動は高く評価された.

この間の主要な研究は,モデルの基盤作りであった.新プログラム,衛星重点領域研究などが行われ,その中で実施された個々のプロセス研究において,気候モデルを構成する素過程モデルが序々に試されていった.すなわち,大気海洋系結合モデルの開発,それに必要な地表面・雪氷過程,放射,エアロゾル,大気化学過程に関するモデル開発が行われた.同時に,これらの事業は,大学院教育の一環としても行われ,最先端モデリングと現場教育という新しい研究スタイルが確立した.気候研究に必要な大きな計算資源をどのように確保するかについても注意深い検討が行われたが,本学の大型計算機資源の一部をセンターおよび全国の共同利用として専用に借り上げるシステムを採用し,以降の重要な研究環境を形成することができた.